みなさま、夏らしい日差しが降り注ぐ季節となりました。今年の夏は例年より暑くなる予報なのだとか。「毎年同じようなことを言っているね」と、同僚たちと苦笑いする今日この頃です。
今年に入ってから、仕事の関係で京都にお邪魔する機会が多くありました。現在の京都はインバウンドの方々で大変な賑わいですね。すれ違う方々の国籍も多彩で、街のあちこちに英語の表示が溢れています。ご家族連れが熱心に街並みを眺める姿に、日本文化への関心の高さを肌で感じ、一人のホテルマンとしても誇らしい気持ちになります。
今回の度重なる訪問では、ありがたいことに花街の方々ともじっくりお話をさせていただく機会に恵まれました。私たちが憧れるあの華やかな世界の裏側には、想像を超える「たゆまぬ努力」があることを知り、深く胸を打たれました。芸妓さんや舞妓さんといえば、お座敷での華麗な舞を連想しますが、その日常は実に地道な修練の連続です。午前中から夕方のお座敷までの時間を使い、「技芸学校」という専門の学校で、舞踊や三味線はもちろん、華道、茶道、書道、そして立ち振る舞いや礼儀作法に至るまでを、日々真摯に学ばれているそうです。そのストイックな姿勢には、私自身、サービスに携わる身として身が引き締まる思いがいたしました。
そんな彼女たちの芸のお披露目の場である祇園甲部歌舞練場の敷地内に、この春、私ども帝国ホテルにとって約30年ぶりとなる「帝国ホテル 京都」を開業させていただきました。国の登録有形文化財である「弥栄(やさか)会館」を保存・活用した、祇園のランドマークとも言える場所です。
私は、この弥栄会館が持つ1936年からの歴史に、何よりも強く心を揺さぶられました。当時の建築費用100万円(現在の価値で約7億円)のすべてを、祇園甲部のお茶屋さんや芸妓さん、舞妓さんたちが、ご自身のお花代から「1円貯金」をして積み立て、賄ったのだそうです。まさに街の皆さんの「想い」だけで建てられた、和洋折衷の豪華絢爛な劇場建築。これほど美しい誕生のストーリーがあるでしょうか。
近年は老朽化が進んで一部しか使われていなかった地元に愛されてきた建物を、何とかして未来へ遺したい。そんな京都の皆さまの願いと、私どもの想いが重なり、建物を保存しながら改修・増築を行うというプロジェクトが実現しました。工事が進み、新しく生まれ変わった姿が見えてきたとき、地域の方々が「ああ、弥栄はんが帰って来た」と言ってくださったと聞き、私は涙が出るほど嬉しくなりました。まさに街の風景と、人々の記憶を継承することができたのだと実感しています。
新しく誕生した空間は、全55室という、私どもにとっても新鮮なスモールラグジュアリーの佇まいです。
祇園・花見小路の賑やかな通りから一歩門をくぐると、驚くほど空気がピンと張りつめるんです。さらに奥のラウンジへと進むと、そこはもう、心地いいほどの静寂に包まれています。ゆったりとソファに座って、地元の美味しい和菓子をいただきながらチェックインをする。大規模なホテルとはまた違った、ここだからこそ味わえる贅沢な時間だなと、私自身も行くたびに惚れ惚れしてしまいます。
館内のレストランは、ご宿泊でない方にも気軽に楽しんでいただける空間にしました。もし京都へお出かけの機会がありましたら、お散歩がてら、ぜひこの「街の記憶」を感じにふらりと立ち寄ってみてくださいね。
著者:八島 和彦(株式会社帝国ホテル)
掲載日:2026年08月07日