「またサーチャージが上がりましたね」
弊社は、インバウンド専門の旅行会社で、よく送客をしていただくバンコクやホーチミンの旅行会社経営者と酒を飲むのだが、最近は必ずこの話になる。以前なら円安、中国経済、訪日ビザ緩和の話だった。しかし、ここ数か月ほどは、誰もが“燃料”の話をする。
「去年までは訪日団体を簡単にセールスできたのですが、いまは航空券の調達だけで利益が飛びますよ。とてもセールスできない」
ある東南アジアの旅行会社社長は、そう言ってため息をついた。
実際、現在の航空業界は、イラン戦争の影響で深刻なジェット燃料不足と供給不安を抱えている。特に日本は、その影響をまともに受け始めている国の一つだ。
しかも理由は単純ではない。もともとジェット燃料に対する供給不安は顕在化していた。
コロナ後、世界中で国際線需要が急回復した。ところが、その間に日本では製油所の統廃合が進み、ジェット燃料を大量に作る余力が落ちていた。さらに問題なのは、作れても運べないことである。
成田や関空では、空港へ燃料を運ぶ内航船、タンクローリー、さらには運転手そのものが足りない。つまり、「飛行機を飛ばしたくても燃料が空港に届かない」という、昭和のオイルショックのような状況になっていた。それがなかなか改善できない状況下に、中東情勢が重なった。
ホルムズ海峡を通るタンカーが停止し、原油価格は高止まりを続けている。航空会社は当然、そのコストを燃油サーチャージとして乗客へ転嫁する。
以前、日系のある航空会社関係者がこう漏らしていた。
「航空券価格を上げるより、サーチャージで調整するほうがまだ客離れしにくいんです」
確かに、旅行者は「航空券10万円」には敏感だが、「燃油別」という表示にはどこか麻痺している。しかし実態としては、サーチャージだけで数万円増えているケースも珍しくない。
その結果、何が起きているか。
まずサーチャージを高騰させる航空会社への団体旅行が止まる。
特に価格に敏感なアジア市場では、数万円の値上がりがそのまま団体の催行中止になる。航空会社側も、燃料確保の見通しが立たず、減便するケースが出始めている。
つまり、「訪日需要はあるのに航空機が供給できない」という、奇妙な状況に入っているのである。
経済記者であった視点から見ると、これは単なる燃料問題ではない。
供給網そのものの問題だ。日本は長年、「モノは届く」「物流は止まらない」という前提で社会が動いてきた。しかし実際には、製油所は減り、船員は減り、ローリー運転手も高齢化し、インフラは静かに痩せ細っていた。そこへインバウンド需要増とともに、イラン危機が来た。
そしていま起きているのは、日本のインフラが追いつかなくなったという現実である。
もちろん政府も動いている。官民タスクフォースを設置し、増産や輸入拡大、輸送強化を進めている。しかし、製油所も人材も一朝一夕には増えない。
ある意味、日本は「観光立国」を掲げながら、その土台である燃料供給網への投資を後回しにしてきたとも言える。
最近、弊社に来られたある大手海外エアラインの日本支社長が、こんなことを言っていた。
「7月以降、日本で貴社の航空機に燃料を入れられない可能性があるので覚悟しておいてほしいと協力関係にある日系のエアラインに言われました。いまは席の販売数より燃料のほうが大事なんですよ。燃油をきちんと供給してくれる国に飛行機を飛ばすことを前提にして、フライトスケジュールを組みなおしています」
少し前まで、航空業界はLCC競争と価格競争の時代だった。しかしこれからは、“どこが安いか”ではなく、“どの国が安定した燃油を供給してくれるか”の時代に突入している。
そして我々旅行会社もまた、ただ航空券を売る、送客するだけでは生き残れなくなるだろう。別のアイディアを持って収益源を確保しなくてはいけない時が急速に来ている。
燃料、地政学、物流、人材不足――。
これらを先んじて読める会社だけが、次の時代を生き残る。
そんな空気が、いま日本の空港には漂い始めている。
著者:山野 浩二(ジャパンドリームツアー株式会社)
掲載日:2026年05月14日