Voice 通勤という、もう一つの旅
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックで世界の舞台に立つチーム日本の選手たちの感動の姿をテレビで見ながら、その華やかな活躍の裏側にある、長い地道な努力の積み重ねを感じています。そのような中で日々の時間の使い方を考えてみることとしました。

約45年間、電車による通勤を続けています。往復およそ2時間30分。年間にすると約600時間、45年間では2万7千時間近くになり、約3年間を通勤に費やしてきたこととなります。人生の中でも決して小さくない時間を、私は電車の中で過ごしてきたことになります。

若い頃の通勤電車は、正直に言えば「耐える時間」でした。満員電車に揺られ、新聞を広げ、会社へ向かうための単なる移動手段として乗っていました。同じ路線、同じ時間、同じ風景。その繰り返しに、特別な意味を見いだすことはあまりありませんでした。

ところが歳を重ねると次第に通勤時間は別の役割を持つようになりました。車窓からの景色を眺めながら頭を切り替え、一日の段取りを考え、昨日の出来事を振り返る。会社に着く頃には自然と仕事モードに入っている。通勤は、仕事への心の助走のような時間になっていきました。

時代が進み、通勤風景も大きく変わりました。新聞を読む人はほとんど見かけることはなくなり、車内の多くの人がスマートフォンの画面を見つめています。メールの確認、資料の下読み、ニュースのチェック。通勤時間の使い方は格段に多様になりましたが、その一方で、現在は情報に追われ、考える余白が少なくなったとも感じています。

そんな中で、通勤時間を「旅」として考えてみることにしました。旅とは、遠くへ行くことだけを指すものではありません。日常から少し距離を置き、視点を切り替えることも旅だと思い、車窓の景色が移ろい、季節の気配を感じる。その小さな変化が、思考を整え、新しい気づきを与えてくれることがあります。

通勤電車の中で出会う人たちは、ほとんどが一期一会です。言葉を交わすことはありませんが、ゲームに没頭する人、静かに勉強に打ち込む人、何かを考え込むように窓の外を見つめる人。それぞれが、それぞれの目的地へ向かう途中にいます。「この人はどんな一日を過ごしているのだろう」と思うこともあり、通勤電車は見知らぬ人が交差する旅の舞台のようにも感じます。もちろん朝の満員電車では、こんな穏やかな気持ちでいられないこともよくありますが・・・

通勤時間をただ消費される移動ではなく、その時間を無駄と感じるか、意味あるものとして受け取るかで、人生の質も変わってくるように思います。これからの残された通勤時間は、こなすものではなく、味わうものとして過ごし、もう一つの旅として有意義な時間にしていきたいと思います。

著者:松本 光俊(ビッグホリデー株式会社)

掲載日:2026年02月27日