Voice 祈りの街 エルサレム旧市街を歩いて
  あれは今からちょうど6年前、2020年1月のことだった。当時、私は欧州・アフリカ地域の営業を総括するロンドン駐在員として各地を飛び回っていたが、本店からの指示により、思いがけずイスラエル出張の機会に恵まれた。中東地域の当社の拠点はカイロ、ジェッダ、ドバイにあったが、これらの国々の駐在員がイスラエルへ自由に渡航することは難しく、同国の業務だけはロンドンから直接担当していたのである。
テルアビブで日系企業を数社訪問した後、東京海上HDと提携関係にあるイスラエル最大手のHarel保険の会長との夕食を終え、予定していた仕事はひとまず全て終わった。帰国便は翌日の夕方であり、翌朝に数時間の余裕ができたことから、私は電車で約30分のエルサレム旧市街を訪れることにした。
プライベート旅行も含めると、ロンドン駐在中に訪れた欧州・アフリカの主要都市は30を超えるが、あの日のエルサレムで見た光景は、別格の記憶として鮮明に心の内に残っている。
欧州各地においても、キリスト教の素晴らしい文化芸術遺産に触れる機会は多くあったが、世界の宗教が交差するこの街には、圧倒的な歴史の重みと人々の祈りが重なり、普段宗教を意識することが殆どない私の心ですら、静かに揺さぶる独特の空気が漂っていた。

旧市街の門をくぐり、石畳の路地を歩き出すと、古代から積み重ねられた幾層もの時間が足元から立ちのぼってくるのを感じた。狭い路地には香辛料の匂いが漂い、商人たちの声が時折反響する。しかし、喧騒の奥には、長い歴史が培ってきた静かな祈りの気配が息づいていた。
最初に向かったのは「嘆きの壁」。かつてエルサレム神殿の外壁であったこの場所は、ユダヤ教徒にとって最も聖なる地の一つである。壁に向かって身体を揺らし、祈りを捧げる人々の姿を目の当たりにすると、古代イスラエルの歴史と現代の信仰が一本の線で結ばれていることを実感する。壁の隙間には世界中から寄せられた祈りの紙片が挟まれていて、その一枚一枚には、個々人の願いだけでなく、民族の記憶と未来への希求が刻まれているように思えた。

続いて視界に飛び込んできたのは、青空に映える黄金の「岩のドーム」。ウマイヤ朝時代に建てられたとされるドームは、7世紀以降のイスラム世界の精神性を象徴する建築である。その姿は、旧市街を取り囲む歴史的建造物のなかでも際立ち、遠くから見るだけでも圧倒的な存在感を放っていた。ドームを囲む広場に巡礼者や観光客が集う景観は、異なる宗教が複雑に交錯してきたこの地の多様性を実感させるとともに、緊張と共存が同時に息づいている場所であることも示していた。

最後に向かったのは「聖墳墓教会」。キリストが十字架刑に処されたゴルゴタの丘がこの場所にあったとされ、さらにその墓と伝えられる空間が教会内部に設けられているキリスト教徒にとって最も重要な聖地の一つである。香の匂いと蝋燭の灯りが漂う内部では、巡礼者が途切れることなく祈りを捧げていた。入口の床では数名の女性が膝をつき、地面にそっと口づけをしている。そこはキリストの身体が埋葬前に置かれたと伝わる「塗油の石」である。教会奥の小さな聖堂には、イエスが3日後に復活したとされる「石墓」があり、その前には幾重もの巡礼者が列を成し、聖堂内を一目でも見ようと静かに歩を進めていた。石造りの空間に厳かに響きわたる賛美歌は、時代を超えて人々の心を繋ぐ旋律のようにも思えた。

嘆きの壁、岩のドーム、聖墳墓教会――エルサレムの旧市街でこの3つの聖地を歩きながら、私は宗教の違いを超えた「祈り」という普遍的な行為に触れた気がした。エルサレムは複雑な歴史を抱える分断の象徴でありながら、同時に共存の可能性を示す街でもある。祈り方や祈りの対象は異なっていたとしても、その根底にある平和を求め、大切な人の幸福な未来を願う心は同じだと信じたい。
旧市街を後にするとき、私は静かに願った ~この街に満ちる祈りが、いつの日か世界を包む平和の光となりますように~。
 

著者:松岡 慎二(東京海上日動火災保険株式会社)

掲載日:2026年01月08日