Voice 北の桜に思う、季節と旅の豊かさ
  6月を迎え、北海道も初夏の風が心地よい季節となりました。
梅雨がないこの地では、例年この時期になると清々しい青空と若葉で多くの旅行者で賑わいます。

北海道の桜は、4月下旬の松前からゆっくりと北上していきます。ご存じの通り、冬の間、気温は氷点下が当たり前で、一面が白銀に包まれる厳しい季節が続きます。鉛色の空と静けさの中にいた日々から一転、雪が溶け、桜が咲き始める頃には、心がほどけるような高揚感が湧き上がります。北国にとって春は、待ち望んだ“解放”の季節なのです。

私が桜に魅せられたのは、若い頃、東京勤務時代に九段下や上野公園で観たソメイヨシノがきっかけでした。一斉に咲き誇るあの光景は、まさに圧巻。北海道では見られなかった規模と華やかさに、ただただ見惚れたのを覚えています。

北海道の桜は、ソメイヨシノや山桜が中心で、地域によってはチシマザクラも見られます。枝垂れ桜や御衣黄などの華やかな品種は少なく、控えめで素朴な印象です。しかし、その静かな佇まいには、長い冬を越えてきた者にしか味わえない「春の実感」が宿っているように感じます。
京都や大阪で出会った桜は、色も形もさまざまで、豪奢で目を奪われるような美しさでした。比べてみると、同じ“桜”でも地域によって表情も見え方も大きく異なります。それは気候風土だけでなく、そこで暮らす人々の桜へのまなざし、心の寄せ方の違いなのかもしれません。

桜は、単なる花以上の存在です。節目を告げ、記憶を呼び起こし、旅のきっかけを与えてくれるものでもあります。観光という視点で見ても、桜の時期は土地の個性をもっとも感じられるタイミングのひとつではないでしょうか。

今年も桜を追いかけるように、各地を旅しました。
それぞれの土地に咲く桜が、私たちに語りかけてくることの豊かさに、改めて気づかされる季節でした。
 

著者:佐々木 智一(株式会社アジェンダ)

掲載日:2025年06月13日