Voice パスポート取得の推進を
 10月11日全国旅行支援が始まり、同時に新型コロナ感染症に関する水際対策が緩和され、観光業にとっては漸く光明がさしつつあります。
 日本政府観光局の推計によると9月の訪日外客数は20万6500人と漸く20万人を超えましたが、2019年に比べた同月比は▲90.9%にとどまっています。とは言え、前月から3万6700人増え、最近街を歩いていても、2019年当時とまではいかないまでも外国人観光客とすれ違う機会が増え、10月以降は明らかな改善がみられると確信しております。一方、9月の出国日本人数は31万9200人と前月に比べて6万7212人の減少となりました。8月に比べて9月の出国日本人数が減少するのは、コロナ禍前も同様の傾向でしたが、昨今の欧米を中心とした物価高や円安ドル高の為替傾向、東ヨーロッパの動向に加えて、日々社内で回覧される販売データを見ると、まだまだ先行きの不透明感を抱かざるを得ません。
 思い返せば、私の初めての渡航は1992年2月、とても寒いヨーロッパでした。同年4月に当社への入社を控え、卒業旅行で定番のロンドン・パリ・ローマを訪れました。初トランジットである早朝のフランクフルト空港に着陸する際、機内から初めて見た“生”のヨーロッパの情景と高揚する気持ちを今でも鮮明に覚えています。バブルとは程遠い苦学生でしたので、資金を得るのに苦労はありましたが、そんな事は全く気にならないほど得難い体験となりました。若い時分に海外に行き、街の空気に直接触れる事で得られる“あの”感覚の素晴らしさは、この世界にいらっしゃる方であれば、良くご存じの事と思います。
 当社入社後、法人営業担当となり、マーケティングにおける「トランスファー」という考えを学びました。ある国の成功事例を、時空を超えて他の国に転用する事で成功体験を得る方法です。渋沢栄一しかり、ジョン万次郎しかり、歴史を振り返ってみても日本は島国であるため、この方法で得られる利は大きく、国の発展に大きな影響を及ぼしたのだと思います。歴史上の偉人と比較すると、なんとも小さな話ですが、自身の日々の営業活動も「海外へお客様をご案内する事は日本文化の発展への貢献であり、社会貢献なんだ」そんな思いで営業活動を続けてきました。
 毎年2月20日「旅券の日」にあわせて、外務省から、日本国内及び海外における旅券の発行数が旅行統計として公表されます。このコロナ禍で一般旅券発行数は激減し、2020年が132万4306冊(2019年比29.5%)、2021年は61万2878冊(同13.6%)となり、航空新聞社「WING TRAVEL」さんの算出によると、日本人のパスポート保有率は19.1%まで下落しました。コロナ禍以前は4人に1人がパスポートを保有していたのに対し、現在は5人に1人も持っていない状況になっています。
 観光産業は日本の今後の成長の一翼を担う重要な産業であり、政府から発表された2021年「成長戦略実行計画」には、「観光立国の実現」として「観光は地方創生の切り札であり、事業の継続と雇用の維持を支援しつつ、(中略)インバウンドの 段階的復活に取り組む」と書かれています。インバウンドとアウトバウンドは表裏一体です。日本の豊かな資源をインバウンドに活用するためにも、日本人はもっと海外を知る必要があると思います。外国の人たちが普段何を見て、どんな環境で暮らしているのか、たとえ少しでも空間を共にする事は、結果的に自らを知る事にもなると思います。
 コロナ禍後の観光立国日本、その第一歩として、パスポート取得の推進をはかれないものか、若者のパスポート取得費用の支援ができないものか、日本人の2割しかいない海外旅行マーケットを広げる事ができないものか。勿論、パスポートを持たない人々がマーケットから外れるという事ではありませんが、水際対策緩和と相まってそんな事を考えています。

著者:山田 仁二(株式会社JTB)

掲載日:2022年11月02日