Voice 老兵モノローグ
  山岳部を出た後、その翌年に大学紛争の間隙をかいくぐり学部を卒業した。とはいえ就職のめどは立たずに縁故を頼って山岳図書専門出版社に職を得た。そこを退社して、山岳旅行業に踏み出してから45年。思い返せば登山関係以外の仕事は一切してこなかった。芸は身を助けてくれたと心底思う。
 
往時追懐が将来展望の助けにはならないと納得して、社長と会長を長く務めた会社を本年3月末に完全引退した。それで無所属のシニア会員としてトラベル懇話会(TMC)に少しの間居残らせてもらっている。
 
かつてTMCの仲間との富士登山のために、低い山での準備山行を何度もおこなった。そして全員が日本最高峰に登頂し無事下山した。高山病や狭い山小屋、体力を奪う過酷な行動も業界仲間は文句も言わず我慢づよく耐えきった。日頃の知己である同業者同士とはいえ、チームワークは秀逸だった。その後、「歩こう会」が発足した。尾瀬沼、屋久島縄文杉、白山、北アルプス槍沢、白神山地、岩木山、熊野古道などを訪れた。まさに美しい日本の山再発見の旅だった。コロナ禍直前の一昨秋にはネパールヒマラヤの山麓にまで足を延ばした。
 
新型コロナウイルス感染対策の緊急事態宣言が解除されたいまも、往時そのままの仕事のやりかたや、旅の楽しみを取り返すことは難しい。そのようななかで、事業継続と業績挽回に邁進されているTMC会員諸兄姉に心から敬意を表する。
 
「過去の実体験の積み重ねが、未来を変える原動力になる。」などと、諸先輩をさしおいて、フェードアウト寸前の弱老兵がつぶやくのは出過ぎた真似だろう。

令和3年10月11日    
記: 黒川 惠(さとし) (シニア会員・元理事)

写真:①マッターホルンを映すリッフェル湖で ②ナガルコットからネパールヒマラヤの夜明け
 

著者:黒川 惠(シニア会員)

掲載日:2021年10月11日