先日の11月月例会では、「未来の旅行産業に向けて〜AI基礎から実践例〜」と題し、AIが旅行業にもたらす構造的変化について、非常に示唆に富む講演が行われた。生成AIがもたらすインパクトは、一部の先進企業だけの話ではなく、旅行会社の大小を問わず、業務のあらゆる局面に影響を与えつつある。講演を拝聴し、当社としても改めて“AIは避けて通れないテーマ”であることを強く認識した。
当社ミキ・ツーリストは、創業以来約60年にわたり、欧州を中心としたB2Bツアーオペレーターとして、お客様の旅を裏側で支え続けてきた。各国の事情に応じた仕入交渉、複雑なオペレーション、予見しづらいトラブル対応など、いわば「総合的な判断力」が求められる現場が多い。これらは長年の経験とノウハウに支えられたもので、AIがすぐに代替できる世界ではない。しかし一方で、見積作成や情報整理、問い合わせ対応、データ分析といった“時間を奪う定型業務”は依然として多く、人的資源を圧迫していることも事実である。
そこで当社では昨年、AI活用チームを立ち上げ、実務レベルでの試験導入を始めた。見積のドラフト作成補助、仕入データの統合、社内文書のチェック、欧州現地スタッフとのコミュニケーション支援など、部署横断で実用化が進みつつある。AI導入の目的は単なる効率化ではない。多忙なスタッフが“本来価値を生む仕事”に集中できるよう、業務全体を再定義することにある。
講演の中で私が特に印象に残ったのは、「AIは専門性を奪うのではなく、人間の専門性を拡張する存在である」という指摘である。欧州手配の現場では、文化や習慣の違い、契約慣行、地域ごとの特性を理解した上で最適解を導く力が求められる。これはまさに人間だからこそ持てる洞察であり、当社が何十年にもわたり積み上げてきた価値そのものだ。
AIを適切に活用することで、スタッフ一人ひとりの判断力はより研ぎ澄まされ、属人的であった部分を組織全体で共有・強化できる。特に当社のようにベテランの知見に支えられてきた会社にとって、AIは「知識継承の仕組み」をつくる上で大きな武器になると考えている。
AI時代にあっても、旅行業の本質は決して変わらない。お客様に安心と感動を届けること、そして人の温度を感じられるコミュニケーションを提供すること。AIはこの価値を損なうのではなく、むしろ“より高める”ために存在するべきだ。当社は、60周年を迎える2027年に向けて、AIと人が共に力を発揮できる新しいオペレーションモデルの構築に挑戦していきたい。
著者:日根 克巳(株式会社ミキ・ツーリスト)
掲載日:2025年11月12日