Voice 仕事と私
高校生の頃、初めて飛行機に乗った大阪から羽田のフライトが全日空便でした。その時のスチュワーデスの凛とした姿に憧れ、最初の職業としたことが原点として今に至っていると思います。当時は6か月の地上訓練を終えるとフライト業務につきました。私は国内線のみの勤務でしたが、毎回お客様に「ありがとう」と言っていただけるのが何よりの喜びに感じていました。

英語をもっと学びたくて全日空を1年で退職、米国留学し帰国後就職したのも航空会社でした。マレーシア航空に入社しました。当社では外国人支店長秘書として8年間勤務しました。さらに英語を学びたくてマレーシア航空を退社、上智大学比較文化学部に入学し、在学中に娘を出産しました。同級生は一回り下の年代、授業は全て英語で育児と両方で大変でしたが、いま思えば楽しい思い出ばかりでした。大学卒業後、マレーシア航空時代の上司と一緒に現在の会社ジェイバを立ち上げました。その時、娘は幼稚園児でした。

気が付けば設立から33年が経っていました。好きなことを続けられる環境に感謝しつつこの幸せを後に続く女性たちにも伝えたいと考えています。結婚し子供を持つ、これを足枷と考えるのではなく、自らを成長させるこの上ない環境を与えられたと考えるようにしています。子供から「年を取ることもまんざらではない」と思ってもらえたら幸せです。

コロナはやっと明けたと言われていますが、まだまだ日本人が海外旅行にたびたび出かける時代が戻るのは先の事かと思います。しかしながら、どんな環境になろうとも旅をしたいという人々の思いに変わりはないと思い、必ず海外旅行は復活することと信じています。

50年近くの社会人人生の原点はやはり最初に勤務した全日空であり、全日空での一年が自分を支え、そして道標になってきたと感じています。人生は一度きり。夢を持ちながらその実現のためには何をなすべきか、自分の尺度で考えることが大切だと思います。
人生の転機になるのはどんな時にどんな人たちと出会えたかが大きな転機になるかと思います。それに恵まれた私は幸せでした。

海外のSupplierの総代理店業務をしていると世界各国の人と交流ができました。その方達との交流が自分を豊かにしてくれたと思います。まさしく「人生は終わりのある旅」だと思っています。いまこの仕事を選んで良かったと思っております。旅をすること・海外に出る事で多くのものが得られる・得られた事を微力ながらこれからもその幸せを伝えていくことができれば、と考えています。いつの日か、先に逝った友が「永遠のドアー」を開けて両手を広げて私を迎えてくれたら自分の人生本望です。

著者:市川裕美(株式会社ジェイバ)

掲載日:2023年08月22日