Voice お祓いの効果
「お前はすぐお祓いして来い!」
まだ入社から数年の1986年夏、支店長から命令が下りました。
実はそれまでの1年間に、私が添乗すると自然災害や事故に遭遇する確率が高いことを受けての命令でした。

皮切りは1985年9月、アメリカで当時最大級と言われたハリケーンからの避難。
スポーツの国際大会でメリーランド州のオーシャンシティという、大西洋に面した海抜1mの砂嘴の町に滞在中、直撃予報がいよいよ現実味を帯びて大会中止が発表されました。団長と相談してすぐに予定を変更し、ハリケーン襲来の数時間前に急きょ仕立てたバスで隣州のフィラデルフィアに避難することにしました。もう冠水しそうな橋を渡って3時間、真夜中にフィラデルフィアのホテルに着き、翌朝のニュースで、滞在していたエリアが風速40m以上の暴風雨で甚大な被害を受けたことを知りました。
その12月には東南アジアのD空港での着陸失敗事故。
次の訪問地Jへの移動のため空港脇の道路をバスで走行中に、土煙と共に機体が割れて一部炎上する瞬間を目撃。該当機はJからの便で、我々はその折り返し便でJまで搭乗するところでした。実は元々のスケジュールはJ→Dでしたが、団体予約が取れず3日前にD→Jに訪問順序をひっくり返したのです。このスケチェンがなかったら、正に事故便に乗っていたところでした。記憶によれば定員102名、搭乗者69名、死亡者2名の事故。因みに我々は20名ほどの団体だったので、最後までプッシュして待っていたら乗れていた?と思うとぞっとしました。
1986年7月にはトロントの滞在ホテルでの火災。
夕刻にホテルより2階から出火したので避難をと要請があり、お客様のうち在室中だった方と共に避難客で溢れる階段をぞろぞろと降下。途中4階あたりから煙が立ち込め始め、ハンカチを口に当てながら何とか無事に地上に降りることができました。幸いそれほど大きな火事ではなかったのですが、あれには肝を冷やしました。
時期は忘れましたがこの期間中に、グランドキャニオンで同時間帯の遊覧飛行機がヘリと衝突する事故で空港が3時間ほど閉鎖されたとか、これは上司にも報告していませんが、ロンドンで紛失した自分のパスポートが帰国前日に大使館に届いたとか、まあ良くぞ1年弱の間に色々なことが起こったものです。

それまで苦笑混じりに「ご苦労さん」と言ってくれた支店長も、ラストの火災事故の添乗から帰国した私に、真顔で冒頭の命令となった訳です。私の言い分的には、運気は悪いのではなくむしろ良いのではとも思いましたが、素直に某神社でお祓いを受けました。もちろん自腹で。
お祓い後一発目の添乗は順調に進みましたが、最後の最後に帰国便が機材故障でノーオペ、延泊となってしまいました。でもその時は、神様が何か救ってくれたのだろうと思える敬虔な自分がいました。

その後は不思議なほどパタリとこうしたことに遭遇しなくなり、それから35年余り。
会社人生もカウントダウンに入った今、振り返るとこの時受けたお祓いが自分の転機だったのかもなどと、柄にもなく考えたりします。
もちろん当時のお客様にはこんな縁起でもない話は伏せていましたが、この場をお借りして告白とお詫びをしておきたいと思います。

当時もし私の運気が悪かったのだとしたら、お客様を巻き込んで怖い思いをさせてしまったことをお詫び致します。
その都度、お客様のご協力で何とか乗り切れたことを感謝致します。
ロンドンの大使館に私のパスポートを届けてくれた銀行の方、本当に助かりました。
そして最後に神様、普段こんな不信心な私ですが、この先もどうかよろしくお願いいたします。

著者:田ヶ原 聡(株式会社 ユナイテッドツアーズ)

掲載日:2022年02月09日